グラグララ~ (*加筆しますた)
[2004/10/11 mon]
よお兄弟。なにがものタリねえんだ?
『中日新聞「赤鯱伝説」』*トップのグランパス君に、よーやくなにがしかの実感が(ぉぃ)。
てか、マウスを当ててみて、プ。
↑[20041012追記]もう更新されちゃったので画面写真*(オンマウス中)とか。

b0008759_2235189.jpg[ナ杯SF]名古屋1-4浦和@瑞穂陸('26エメ、'33田中、'57田中、'76グ・中村、'84田中)17,473人

試合終了の笛が鳴ったときの、スコアにも3年連続ファイナリスト決定にも瑞穂で勝利っ!にも似つかわしくないほどの静けさの理由は各自語るとして(語らずもがなかもしれんケド)




□ □ □
逆のスコア(しかもハット付き)で敗戦した2003年の瑞穂で、選手が見えなくなるまで歌った「PRIDE OF URAWA」。あの日、そこかしこに掲げられ、みなが想い、でも4失点目直後にはタイコだけが鳴っていた「PRIDE OF URAWA」。今日の試合はこのチャントから始まった。
b0008759_1372126.jpg[2003 2nd14]名古屋4-1浦和@瑞穂陸('32名・ウェズレイ、'44永井、'52名・中村、'81ウェズレイ、'89ウェズレイ)20,082人

その前の2nd13節、レッズは日本平で9人の清水に88分安のゴールで1-0で負けて、首位から転落。続く14節の敗戦で優勝の可能性はゼロになった。


13節終了時
1 磐田 23 (5) …()は得失差
2 浦和 22 (13)
3 市原 22 (4)
4 鹿島 21 (1)
b0008759_2232724.jpg以下、勝ち点20でFC東京、東京ヴ、横浜FM、G大阪。

14節終了時
1 磐田 26
2 鹿島 24
3 横浜FM 23
4 市原 23
5 浦和 22
6 名古屋22

そして最終節。磐田vs横浜FMで磐田が負け、あと3分を1点リード中の鹿島に灯った優勝の光を雨の埼スタでオレらが消した。優勝は横浜FMがさらった。

今回の瑞穂で生々しく思い出したのはこの3連戦。
「CUP WINNER」の後、東京ヴ戦@駒場で5-1のバカ勝ちしてリーグ首位に立った後の、締めの3連戦。

どんな思いでそこに立ち、選手たちはどんなだったか、空気の匂い、空の色、仲間とした会話、…。
あれからチームは進化したが、あたしたちはそれほど進化はしていない。
けど1度目は落とした決勝に2度目に勝ったように、経験を力に変えることはできる。

最近、絶対勝たなきゃならない試合で後半ロスタイム直前まで0-0なんて経験、ないじゃん? サポがやれることなんてたかが知れてる。でもそのほんのわずかのことが失点を招くかもしれないし、ゴールにつながる気持ちの動きを呼ぶかもしれない。みんな(自分も含めて)試合中は「丸出し」で感じるまま意のままなんだから、試合じゃないときその「丸出し」の自分と試合展開を思い出してみるのも悪くはないぞ、と。

□ □ □
えーっと話がそれてます実は。オレらのことより、ある選手の話をしたかった。
2003年最終戦、2試合出場停止から復帰したエメにまたスタメンを譲り、後半途中出場で1点返し、そしてロスタイム、今日のように右サイドを破ってエメのヘディングゴールをアシストした男。
めったに更新されない彼のサイトが最近ブログ*になって、改めて見ると数少ないメッセージのタイトルが「ナビスコ」「ナビスコ」「ナビスコ」ってナビスコのことばっかじゃん!と指摘する人もいたけど、それにはちゃんとワケがある(当人は無意識と思うが)
2003年はケガで出れないうちに達也がブレイクし、準々決勝は出場できず、準決勝は駒場で清水虐殺の後半18分5-0の時点で出場。決勝直前のリーグ柏戦で、達也の出場停止で久々(仙台アウェーでPKも決めて2得点して以来)のスタメン。だがガッチガチに守る柏に止められ何も出来ず、試合は0-0。決勝は控えに戻り、3点目を決めた達也と交代で後半37分に出場しただけだ。
翌週の東京ヴ戦も3-1の時点でエメと交代出場(ゴールなし)。そして上記の3連戦。
サイトのメッセージは柏戦直前で止まったままだった。
その後の、そして現在の彼のことは知ってのとおり。

歴史は主体的に捉え行動する者に微笑む。
足りない足りない全然足りない――
2003あっての2004を、オレらも最後まで闘いぬこう。
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by digibi | 2004-10-12 12:27 | diary
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